旅と写真と感性

旅と写真、ときどき感性

旅行で撮影した写真や感じたこと、日常で気になったことを気ままに綴るブログです。

★二面性を有する「言葉」の持つ力とは(2020.5/26)

こんにちは。今回はちょっと違う視点のお話を。

ブログを開設しようと決めてからずっと考えていたこと、それは「言葉」の持つ二面性とはいったい何だろうということ

いつ書こうかなと思っていた矢先の、SNS上の誹謗中傷による事件が発生。

タイミングとして一度言葉に起こしておくのは良いかなと思い、書き起こしました。

付き合っていただければ、幸いです。ご覧ください。

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誹謗中傷とは

そもそも誹謗中傷とは何ぞやというところから整理します。

誹謗中傷とは、

  • 誹謗:そしること・悪口を言うこと
  • 中傷:ありもしない欠点や失敗をわざと言いふらして、人を傷つけること

の2つの単語を組み合わせた言葉です。

言葉に起こしてみると、いかに粗悪な行動であるかが分かると思います。

悪口を言うだけで傷つくことがほとんどなのに、「ありもしない」欠点を言いふらして人を傷つけるんです。

虚構であるにもかかわらず、それを相手に投げるという暴挙を意味しています。

言葉の持つ「正と負の力」

「言葉は時として刃物より鋭く人を傷つける。」

これは常々、言われ続けている言葉です。

でも、いまだにそれが世の中には浸透していないように感じてしまいます。

ではなぜ、それがいまだに理解されていない(または理解されていないように感じられる)のでしょうか。

 

私が思うに、「言葉の趣旨を聞き入れてはいるが、理解はされていないのではないか」ということです。

言われたことを聞き流すかのように「はいはいそうですね、気を付けないとね。」といった感じで、軽くあしらっているのではないかと思います。

 

かくいう私も、幼いころは「バカ」だの「死ね」だのを最低でも1回以上は使ったことがあります。

決めつけは良くないですが、ほとんどの人が1回は使ったことがあるのではないかと思います。

しかし、それは「願望」としての言葉ではなく、自分の中の感情を「抑制」するために使った言葉ではないかと思うんです。

 

本当に死んでほしいなんて思わないし、バカ!と相手に向かって言ったところで何の価値も生み出せないのは自明です。

だからこそ、自分の発言に責任を持つというよりかは「自分の発言に何らかの価値を創出する」ことの方が重要なんじゃないかなと思います。

価値という指標で計るのは難題かもしれませんが、そのくらいのスタンスの方が良いと思います。

 

言葉の持つ力は不思議で、言葉は「時として」鋭いものと化して人を傷つけるんです。

それ以外は、励ましや喜びとなる力(あるいは共有するためのツール)の方が強いと思います。

つまり、「時として=場合によって起きる=ほとんど起きない」という誤解をしてしまうことが大きな要素なのではないでしょうか。

 

こんな言葉を与えたって「死ぬわけない」でしょ、とか。

これくらいは「当たり前なこと」だから仕方ないと思う、とか。

 

自分なりのものさしが、絶対的に正しいとは言い切れない。

なぜなら、そのものさしには「基準」がないからです。

 

基準が不透明だから、価値観の相違が生まれると思います。

でもその基準は不透明で良いんです、多種多様なものだからです。

Diversityとはそういうことです。

 

不透明であっても、自分なりの「基準」を持ったものさしをたくさん持っておく。

これが大事なことだなと気づきました。

今後どうなるのか

結局のところ、今後も「誹謗中傷はなくならない」と私は思っています。

なぜかと言うと、法律という守るべきルールがあるにも関わらず殺人事件や強盗などの事件が0になっていなかったり、法律違反を犯す可能性があるからです。

 

「法律があれば何でも解決できる」みたいなユートピアは存在しないと思います。

日本は法治国家なのに、です。

 

法律やルールを整備したところで、必ずわずかな隙間でもあればそこを狙う人が必ず出てくるのは事実です。

ですが、こればかりは仕方がない、どうしようもないんです。

仕方なくないだろ!って思うかもしれません。ですが、諦めろいうことではないんです。

 

自分なりのユートピアを個々に描いて生きるのが人間らしく生きることだと思うので、多分そこに人間らしい楽しみがあると思うんです。

セットで考える思考

何事も「セットで考える」という思考が必要になると私は考えました。

 

例えば最近の出来事で言えば、緊急事態宣言において自粛要請をするのであれば補償を同時に考えないといけない。(自粛要請+補償)

もし批判したいのであれば、どこをどう変えた方が良いとか、そう考えるとこういうことが想定できるから反対だとか、根拠を示すべきです。(批判+根拠)

 

悪口ではなくその上位互換として批判に変えるのが、実現可能な代替手段です。

根拠のない批判は悪口や文句と同じです。非生産的な行動は控えるべきです。

 

ここで一つだけ注意が必要だとすると、同じ時間軸で発しないといけないということです。後出しではだめです。じゃんけんと同じ法則。

セットで考える思考を、自ら実践していこうと思います。

最後に

ここまでご覧いただきありがとうございました。

思っていることをそのまま書いた感じなので読みにくさ・つまらなさはご容赦ください。

少しでも多くの方の心に響いていただければ嬉しいです。

 

少し前に始めたnoteの方で、いろんな方の名言を取り上げた記事を書いています。

もし興味があれば、ぜひ覗いて見てください。

何か生活の足しになる言葉が、見つかるかもしれません。

 

今回はここまで!